しきおりつづり

糸を組み合わせて布を作るように、文字を組み合わせて文を作る。しきおりつづり(織織綴)と申します。

さいごの手紙 『斜陽』

 

 しきおりつづりの織(しき)です。

 本日は、太宰治さんの『斜陽』について綴ります。

 

 ※ネタバレあり

 

 今回の記事では、「死」そのものや、「しにたがり」について触れています。

 不快になる予感がする方、苦手な方、マイナスな感情に引っ張られてしまう方には、ブラウザバック推奨します。

 

 

 『斜陽』が好きです。

 最後の遺書の文章が好きだからです。

 

 特に好きなところを書き出してみました。

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 ひらがなのところを漢字で書いてしまって塗りつぶしました……。

 

「この本(or文章)は自分のために書かれたものだ」

 と感じることが、本好きならば一度は経験があるとおもいます。

 

 わたしはこの文章がそうでした。

 

 同じように考えていました。

 わたしは母が望んでいたから生まれてきたのです。だから、母のために生きているのです。母がいなくなったら消えてしまってもいいとおもっているのです。

 

 しにたくてたまらないときは、母の顔も忘れてしまうのですけれど……。

 

 生きたい人は、それはそれで凄いことです。どうぞ生きて。

 わたしは生きたくない。

 

 そうおもってしにぞこないつづけて、いつのまにやら、この歳です。子どものうちにしにたかったのに。おかしいな。

 

 さらにおかしなことに、最近は、生きる気力がわいてきているのです。びっくり。

 去年なにもかもどうでもよくなって、しにたい気持ちを母に隠すこともしなくなってしまった人間なのに。

 

 どうしていきるの。

 

 わからない。

 でもとりあえずいまは、文章を綴りたい。それだけ。

 

 ほんとうは、うまくいかなかったらしんじゃおうとおもっていた。

 

 一年がおわるまでにだめだったら。

 だめだったからしなないといけないんだけど。ほんとうは。

 

 でも、しばらくは、自分の首を絞めて寝ることはなさそうです。